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浦安のアイコン浦安の歴史の始まり

浦安のアイコン浦安の起源から江戸時代までの浦安年表

※スマートフォンでご覧の方は、横スライドで年表全体を見ることができます。

年号 西暦 浦安の出来事
保元02年 1157 豊受神社(神明社)が当代島に創建。
(この浦安はすでに部落が形成されていた)
建久07年 1196 清瀧神社・宝城院が創建。
永仁元年 1293 大津波襲来し多くの被害が出る。(猫実の町名の由来)
天文12年 1543 大蓮寺を創建。
天文13年 1544 大蓮寺の境内に久助稲荷を建立。
永禄年間 不明 東学寺が開山。
天正元年 1573 正福寺が創建。
花蔵院が創建。
天正18年 1590 徳川家康が江戸に入府。 浦安は行徳府として徳川家の直轄地となる。
元和05年 1619 善福寺が創建。
元禄02年 1689 稲荷神社が創建。
享和元年 1801 伊能忠敬が測量の途中に浦安を通る。
文政04年 1821 近江屋甚兵衛が浦安に海苔の養殖を開拓を申し出る。

浦安の歴史は鎌倉時代が始まるちょっと前の1157年から始まっています。『1157年?もっと前の歴史はないの?』と疑問を持った人が多いと思います。

これには大きな理由があり、歴史資料が洪水や高潮などの水害により流されてしまい残っていないからなのです。上記の歴史も、そのほとんどが周辺地域の歴史に登場している記録を拝借したものになっています。

浦安のアイコン江戸時代の浦安

江戸時代の浦安の歴史は、神社や寺の建立などしか目立ったものは残念ながら残っていません。 他には、三番瀬を舞台に船橋村と漁場を争った事や、浦安の村同士が同じく漁場で争い、代官所に訴えたという記録が残っています。

浦安のアイコン海苔の養殖を見送った浦安

浦安の歴史 江戸時代の浦安

後に浦安を代表する名産品になる海苔が江戸時代に養殖を行おうとした記録が残っています。

当時、江戸の商人、近江屋甚兵衛は海苔の養殖地を探していました。淡水と海水が入り混じる河口の町に甚兵衛は営業を行います。新井村、堀江村、猫実村の名主に海苔の養殖のためにのりヒビ(海苔養殖のため海苔を付着させるもの)を建てさせてほしいと頼み込みますが、魚の漁の邪魔になると断られてしまいます。

この後、皮肉なことに甚兵衛は千葉県君津で海苔の養殖に成功、「上総海苔」としてとても人気になったといいます。 この時代から海苔の養殖が盛んであったら浦安はきっと違う時代を歩んだのかもしれません。

※ 画像は安藤広重作、名所江戸百景(堀江猫実)佃煮西金のパッケージより


■近江屋甚兵衛:1766~1844
江戸四谷生まれの商人。妻の死を期に海苔問屋を志します。 東京湾岸の町に海苔の養殖地を探しますが、ことごとく断られ千葉県を南下、人見村(千葉県君津市)でようやく協力を得ることができました。

2年で甚兵衛の海苔養殖は成功したが念願の海苔問屋には権利の関係でなれなかった。東京湾岸周辺に海苔の養殖を広めた研究熱心な近江屋甚兵衛は養殖成功の地、千葉県君津市に眠っています。

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